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魂・お性根抜きの供養を、宗派の違うお坊さんにお願いしてもよいか?

寺院の檀家離れが急速に進みつつある時代になってきました。これと並行するように、面倒を見られなくなったお墓仕舞いや仏壇の供養整理処分のため、お坊さんに魂・お性根抜き供養を依頼する人が増えてきています。

ただ、寺院とのお付き合いが疎遠になり、昔のように気軽にお坊さんに供養をお願いできる状況でない人も多いです。また、引っ越しなどで遠く離れた菩提寺(ぼだいじ=檀家になっているお寺)のお坊さんに、気軽に供養を頼めなくなってしまう場合もあります。とは言え、何の供養儀式もせず、お墓を整理したり仏壇をゴミでそのまま捨てて処分したりするわけにもいきません。

【疎遠になりつつあるお寺】

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そうした際に、仏教では多くの宗派で共通した考え方があります。その内の一つが、「仏さまに魂・お性根を入れる・抜く」という概念です。墓仕舞いや仏壇整理処分の際には、この概念に基づき魂・お性根抜き供養の儀式を行なうのが慣習です。魂・お性根という概念がない浄土真宗でも、魂を入れる・抜くとは別の形で読経の儀式を行なっています。

先祖代々からお付き合いのある寺院・お坊さんに、このような儀式をお願いできる場合は問題ありません。しかし、すでに檀家を離れてしまっていたり、引っ越しをしてしまったりで、お坊さんとお付き合いがない場合は面倒です。自らお坊さんを探さなくてはいけません。

このような場合、たまたま近所で見つけた寺院が、あなたがもともと信心している宗派とは違う宗派だったらどうするでしょうか?違う宗派のお坊さんに魂・お性根抜き法要をお願いすることは問題ないのでしょうか?

今回は、面倒を見られなくなったお墓や仏壇の供養整理をする場合、「魂・お性根抜き法要を、宗派の違うお坊さんや寺院にお願いしてもよいか?」について解説します。

お坊さんによる死者供養の始まりとは?

仏教が日本に伝わったのは、今から約1500年前の6世紀半ばのことです。また、僧侶が供養をするという慣習すなわち、葬送に従事し始めたのは鎌倉時代だと言われています。

もともと、古代では基本的に僧侶は官僚僧つまり公務員でした。公務員なので天皇に奉仕する行事に参加したり神事に携わったりする必要がありました、したがって、官僚僧が死に関わることすなわち、穢れ(けがれ)に関わることはタブーだったのです。

ところが鎌倉時代に入って、鎌倉新仏教が大きな影響力を持つようになり、官僚を離脱した民間僧たちが広く葬儀に関わるようになっていきました。これが、お坊さんが人の死に際し供養をするという慣習の始まりです。一般民衆に広まったのは江戸時代だと言われています。魂・お性根という概念もこのような歴史の中で構築されてきました。

【葬儀】

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そもそも魂・お性根抜きは必要か?

現在の日本の憲法では信教の自由が保証されています。先祖代々続く実家の宗教宗派が何であろうと、あなた個人はどのような宗教や宗派を信じてもオッケーです。逆に、何も信じない無宗教でも問題ありません。

合理的に考えれば、無宗教の人やあるいはキリスト教やイスラム教の人にとってみれば、仏教の魂・お性根抜き法要は必要ないと考えるでしょう。逆もまた同じです。仏教信者は教会へ行ってお祈りをしません。

もちろん、あなたやあなたの先祖代々の家系が熱心な仏教徒であれば、宗派の作法やしきたりにのっとり檀家寺のお坊さんに各種法要を行なっていただくことは当たり前のことでしょう。また、日々仏壇の前で念仏を唱えることなども当然のことと思うはずです。

ただ、このような信心の問題とは別に世の中には形式や世間体を重んじる慣習があります。これはいわゆる儀式と呼ばれるものです。たとえば、葬式・卒業式・入社式・結婚式などです。合理的に考えれば、このような儀式も必要ありません。

しかし、私たちは生活の節目でこのような儀式を、ある意味「心のけじめ」や「セレモニー」として行ないます。たとえば、先祖代々仏教徒の家系でも、ハワイの教会で結婚式を挙げる人もいます。これはまさに宗教とは無関係の「セレモニー」です。

仮にあなたが熱心な仏教徒でなくても、魂・お性根抜きなどの仏教儀式もこのように考えると、「心のけじめ」として意義のあるものになります。

宗派の違いとは何か?

宗派の種類

「魂」という概念がすべての仏教の宗派に共通してあるわけではありません。そこで、宗派の種類や違いについて少し見てみましょう。

現在の日本の仏教にはいろいろな宗派があります。伝統があり教義がしっかりしているところだけでも13宗56派あると言われています。実際には、文化庁がまとめた「宗教年鑑」によると、数えるのが嫌になるくらいたくさんの教団・宗派が存在しています。

その中でも、私たちが葬儀や法要などでお世話になっていて、多くの日本人が普段から馴染みのある宗派は以下のような宗派です(順不同)。歴史の授業などでも習ったことがあると思います。

浄土真宗本願寺派
真宗大谷派
浄土宗
高野山真言宗
曹洞宗
日蓮宗
天台宗
臨済宗妙心寺派
時宗

私たちがお坊さんに魂・お性根抜き法要をお願いする立場の場合、主に以下の2つの観点から宗派の違いを知っておくと役立つかもしれません。1つ目は「悟りを開くための教え」の違いです。そして2つ目は「葬儀などでの作法や儀式の進め方」の違いです。

違いその1:悟りを開くための教え

1つ目の「悟りを開くための教え」とはつまり、悟りを開くためのノウハウ・方法が、宗派ごとに違うということです。仏教の最も根本的な部分です。

各宗派に共通する基本的スタンス、つまり仏教を信仰する共通目的は、「どうすればお釈迦さんみたいに悟りを開けるか」です。「悟りを開く」とはつまり、「仏陀になる、仏さんになる」ということです。「解脱する」ともいいます。

「悟りを開き仏さんになることで、この世の苦しみ・悩みから開放され救われる」という考え方や教えを仏教ではしています。この悟りを開き救われるためにどうすればいいかの方法が宗派ごとに違うのです。

【教えが書かれた経本】

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したがって、「あなたが悟りを開くためにはどのような方法(教え)を信じ、実践したいか?」を選ぶことが、宗派や寺院・お坊さんを選ぶ第一の判断基準です。たとえば、痩せるという目的が同じでも、自分に合うダイエットの方法がいろいろあり、どの方法が自分にあっているのかを選ぶのと同じことです。

宗派ごとにいろいろな方法(教え)があります。たとえば…、

・浄土宗では、ただひたすら「南無阿弥陀仏」と念仏を唱える努力で救われる
・浄土真宗では、「悪人正機説」と言って自分が悪人だと気づいた人が救われる「他力本願」
・曹洞宗や臨済宗に代表される禅宗系では、とにかく座禅をしなさいという教え
・真言宗では、誰でも正しい修業によって、その身のままで仏になれる「即身成仏」という考え方
・天台宗は、総合仏教と言って他宗派との区別なしに全員が救われるように菩薩の精神でいなさい、という教え

などです。普段あなたは、このようなことを意識して寺院やお坊さんと接しているでしょうか?意識していれば宗派にこだわりのある人です。

違いその2:作法や儀式の進め方

さて、2つ目の「作法や儀式の進め方」の違いとは、葬儀や法要などでの読経や進め方、あるいはしきたりが宗派ごとに変わるという点です。

たとえば、お通夜や葬式で唱える代表的な念仏は以下のようになります。
浄土宗や浄土真宗は、「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」。いわゆる「なんまいだ~」です。
日蓮宗では、「南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)」
真言宗では、「南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)」
天台宗では、「朝題目夕念仏」と言って、朝に「南無妙法蓮華経」、夕方に「南無阿弥陀仏」。

「南無(なむ)~」とは、「~に帰依します」という意味です。ひらたく言うなら、「~だけを信じます」「~が一番大好き」「~only」という感じです。

つまり「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」は、「阿弥陀さんだけを信じています、だからどうぞ救ってください」ということになります。また、「南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)」は、「妙法蓮華経という経典(教え)だけを唯一信じています」ということです。念仏とは、このように一種の宣誓でもあります。

【魂抜き法要の様子】

お坊さん訪問供養③

また、しきたりの代表的な違いと言えば、浄土真宗で昔からお坊さんに肉食や妻帯が許されていることです。(現在の日本ではどの宗派のお坊さんもたいてい肉食妻帯ですが・・)

また、すでに述べたように、法要や供養で多くの宗派は、「魂・お性根」を入れたり抜いたりする「開眼供養」「閉眼供養」という儀式をしますが、浄土真宗は違います。同じように読経供養はしますが、「魂・お性根」という考え方はせず独自の「入仏供養」「遷座供養」を行ないます。さらに宗派ごとに、ご本尊や総本山(大本山)、経典などもそれぞれ違います。

宗派の違うお坊さんへの対応

このような宗派の違いは、たとえば、政治家の派閥やあるいは、生花や茶道の流派と同じように考えると理解しやすいと思います。

誰でも自分の信じる道を進みたいと思います。また、好き嫌いで選ぶかもしれません。したがって、以上のような宗派の違いについて、普段から特にこだわりがなければ、特にどの宗派を選んでも個人の自由です。

江戸時代に法律としての檀家制度ができてから、家の宗派の変更は長い間禁止されていました。ただ現在は「信教の自由」があります。実家の先祖代々の宗派とは別の宗派、あるいは別の宗教を信心することは、憲法でも保証されています。

たとえば、私の実家は曹洞宗ですが私自身は特にこだわっているわけではありません。昔から曹洞宗のお坊さんが出入りしていて、葬儀や法要も曹洞宗の儀式の進め方で行っているのを見てきただけです。

あなたも、もし「宗派の違うお坊さんに魂・お性根抜き法要をしてもらってもいいか?」と迷ったら、以上のような仏教の基本的な概念を見直してみてはいかがでしょうか?少なくとも「心のけじめ」として考えれば宗派の違いは大した問題ではないと感じる人もいるでしょう。最後はあなた自身が判断すればよいことです。

結論

浄土真宗以外の方

悟りの開き方や儀式の作法・読経の内容は宗派ごとに違いますが、「魂」の概念は基本的に同じです。墓仕舞いや仏壇整理処分の際の魂入れ・抜きの儀式を「開眼(かいげん)供養」「閉眼(へいがん)供養」といいます。「魂」の考え方が同じなので、宗派へのこだわりがなければどの宗派のお坊さんにお願いしても、受けてくださる限りはオッケーです。

浄土真宗の方

「魂を入れる・抜く」という概念がありません。ただし、墓仕舞いや仏壇の供養整理処分の際には、他の宗派と同じように読経の儀式は行ないます。これを「入仏(にゅうぶつ)法要」「遷座(せんざ)法要」といいます。一般人には、「開眼供養」「閉眼供養」と見分けがつきません。ただ読経をしているだけに見えます。

そもそも、お経の内容が一般人には理解できません。浄土真宗への強いこだわりがある人は浄土真宗のお坊さんに依頼してください。こだわりがなく、先祖をきちんと供養して自分自身の心のけじめを付けたいだけなら、どの宗派のお坊さんにお願いしても、受けてくださる限りはオッケーです。

ただし、大切なことは親類縁者など周囲の人の同意を得ておくことです。宗旨・宗派への強いこだわりがある親戚の人もいますので、あとで揉めないように相談しておくことが大事です。

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